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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)74号 判決 1987年1月27日

大阪市阿倍野区西田辺2丁目6番21号

原告

大阪開発株式会社

右代表者代表取締役

松田吉男

右訴訟代理人弁護士

友光健七

川人博

小野寺利孝

大阪市阿倍野区三明町2丁目10番29号

被告

阿倍野税務署長 土居純一

右訴訟代理人弁護士

稲垣喬

右指定代理人

田中治

外3名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が,原告に対し,昭和54年5月30日付で原告の昭和50年4月1日から昭和51年3月31日までの事業年度の法人税についてした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は,不動産の開発及び賃貸等の業務を営んでいる株式会社であるが,昭和50年4月1日から昭和51年3月31日までの事業年度(以下「本件係争事業年度」という。)の法人税の青色申告書に所得金額を0円(翌期へ繰越す欠損金の額4億625万8,660円),課税土地譲渡利益金額611万7,000円と記載して申告したところ,被告は,昭和54年5月30日,所得金額を8,628万3,013円,課税土地譲渡利益金額を4億4,851万7,000円,納付すべき税額を1億2,829万600円とする更正処分並に過少申告加算税の額を641万4,500円とする過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をした。

2  そこで,原告は,昭和54年7月1日,大阪国税局長に対して異議申立をしたところ,大阪国税局長は,同年10月9日,異議棄却の決定をしたので,原告は,さらに同月29日国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ,同所長は,昭和59年3月31日付で,審査請求を棄却する旨の裁決をなし,その裁決書謄本は,同年4月30日,原告に送達された。

3  しかし,原告の本件係争事業年度の所得金額は0円(翌期へ繰越す欠損金の額4億625万8,660円),課税土地譲渡利益金額は611万7,000円であり,被告の本件各処分は,原告の所得金額及び課税土地譲渡利益金額を著しく過大に認定した違法がある。

4  よって,原告は,被告に対し,本件各処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1,2の事実は認める。

2  同3の事実は争う。

三  被告の主張

1  本件各処分の経緯

(一) 原告は,宅地造成販売業を営む資本金2億円の株式会社であって,被告から法人税法121条の青色申告書の提出の承認を受けた同法2条10号に規定する同族会社である。

(二) 原告は,被告に対し,本件係争事業年度分について,昭和51年5月26日,後記(1)の内容の法人税確定申告及び法人税法81条による欠損金の繰戻しによる還付請求をし,その後,同年7月22日,後記(2)の内容の修正申告を,さらに同月31日,後記(3)の内容の再修正申告をした。

(1) 法人税確定申告書及び欠損金の繰戻しによる還付請求権の内容

項目

金額(円)

欠損金額

4億0,625万8,660

①に対する税額

0

課税土地譲渡利益金額

0

③に対する税額

0

控除所得税額

0

控除できなかった所得税額

1,100万6,005

欠損金の繰戻しによる還付請求金額

529万7,577

この申告による還付金額(⑥+⑦)

1,630万3,582

翌期に繰り越す欠損金額

3億9,301万4,660

(2) 修正申告書の内容

項目

金額(円)

欠損金額

4億0,625万8,660

①に対する税額

0

課税土地譲渡利益金額

281万9,000

③に対する税額

56万3,800

控除所得税額

56万3,800

控除できなかった所得税額

1,044万2,205

欠損金の繰戻しによる還付請求金額

529万7,577

この申告による還付金額(⑥+⑦)

1,573万9,782

翌期に繰り越す欠損金額

3億9,301万4,660

(3) 再修正申告書の内容

項目

金額(円)

欠損金額

4億0,625万8,660

①に対する税額

0

課税土地譲渡利益金額

611万7,000

③に対する税額

122万3,400

控除所得税額

122万3,400

控除できなかった所得税額

978万2,605

欠損金の繰戻しによる還付請求金額

529万7,577

この申告による還付金額(⑥+⑦)

1,508万0,182

翌期に繰り越す欠損金額

3億9,301万4,660

(三) 被告は,大阪国税局の職員の調査に基づき昭和54年5月30日付けで,次のとおり法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

項目

金額(円)

所得金額

8,628万3,013

①に対する税額

3,451万3,200

課税土地譲渡利益金額

4億4,851万7,000

③に対する税額

8,970万3,400

控除所得税額

1,100万6,005

控除できなかった所得税額

0

欠損金の繰戻しによる還付請求金額

0

既に還付した本税額

1,508万0,182

差引納付すべき法人税額

(②+④-⑤-⑥-⑦+⑧)

1億2,829万0,600

翌期に繰り越す欠損金額

0

過少申告加算税額

641万4,500

(四) 右更正処分の内訳は次のとおりである。

(1) 所得金額の内訳

項目

金額(円)

原告申告の所得金額(加算金額)

△4億625万8,660

土地譲渡利益計上漏れ額

5億400万

加算金額合計額(②)(減算金額)

5億400万

共同事業に係る損失金計上漏れ額

1,114万6,327

未納事業税計上漏れ額

31万2,000

減算金額合計額(④+⑤)

1,145万8,327

差引所得金額(①+③-⑥)

8,628万3,013

(2) 課税土地譲渡利益金額の内訳

項目

金額(円)

原告申告の課税土地譲渡利益金額

(加算金額)

611万7,000

土地譲渡収益計上漏れ額

6億8,000万

加算金額合計額(②)(減算金額)

6億8,000万

土地譲渡原価計上漏れ額

1億7,600万

土地譲渡経費計上漏れ額

6,159万9,998

減算金額合計額(④+⑤)

2億3,759万9,998

差引課税土地譲渡利益金額

(①+③-⑥)

4億4,851万7,000

2  本件各処分の適法性

(一) 法人税法上の収益計上時期

法人税法上,益金に計上すべき金額は,別段の定めがあるものを除き,資本等取引以外の取引に係る当該事業年度の収益の額とする旨定められている(法人税法22条2項)が,ある収益をどの事業年度に計上すべきかについて,法人税法は,特例について定めている(同法62条ないし64条)以外は,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算することとしている(同法22条4項)。そして,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準によれば,ある事業年度内における企業活動の成果である収益は,当該実現があったときの属する事業年度に計上すべきであるとされている。すなわち,期間収益を正確に算出するために,収益が具体化・顕在化し,社会通念上資産が発生したと認められ,よって,担税力が発生したと認められたときに,右収益を計上すべきものとされている。

(二) 事実関係

(1) 原告及び原告関連会社である株式会社鳩タクシー(以下「鳩タクシー」という。)は,昭和48年5月18日,株式会社熊谷組(以下「熊谷組」という。)との間で,次の各契約を締結した。

イ 売主を原告,買主を熊谷組とし,原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を,熊谷組に代金6億8,000万円で譲渡し,買戻期間を3年間とする買戻特約付不動産売買契約(以下「甲契約」という。)。

ロ 売主を原告,買主を熊谷組とし,第三者の所有する別紙物件目録(二)記載の土地(以下「乙土地」という。)を原告が取得し,昭和50年5月17日までに熊谷組に所有権移転登記を完了する条件のもとに譲渡価額を7,000万円とする不動産売買予約契約(以下「乙契約」という。)。

なお,右契約には,原告が右期日までに履行できない場合は,甲及び次の丙契約の買戻権を失う旨の規定が設けられていた。

ハ 売主を鳩タクシー,買主を熊谷組とし,鳩タクシー所有の別紙物件目録(三)記載の土地(以下「丙土地」という。)を熊谷組に代金7億5,000万円で譲渡し,買戻期間を3年間とする買戻特約付不動産売買契約(以下「丙契約」という。)。

(2) 甲・乙及び丙契約に基づく売買代金の総額が15億円であるところ,熊谷組は,契約締結時に原告及び鳩タクシーにそれぞれ7億5,000万円を支払った。

(3) 原告及び鳩タクシーは,昭和48年5月19日,熊谷組と締結した甲及び丙契約に基づき,本件土地及び丙土地の所有権移転登記並びに買戻特約の登記を経由した。

(4) 原告は,乙契約を約定の昭和50年5月17日までに履行できなかった。

(三) 本件各処分の内訳

原告は,乙契約による乙土地についての熊谷組に対する所有権移転登記義務を約定の期日たる昭和50年5月17日までに履行できなかったため,乙契約の定めにより本件土地の買戻権を失い,熊谷組が同月18日に本件土地所有権を確定的に取得した。したがって,原告は,同日,熊谷組に対し,本件土地を代金6億8,000万円で確定的に譲渡したことになる。右の事実は,原告の本件係争事業年度において生じたものであるから,前記の収益計上時期の原則により,右事業年度の所得金額の算定根拠となる。そして,原告は,本件土地の買戻権を喪失するのと同時に,甲契約の締結時に熊谷組から受領した6億8,000万円の金員の返還義務を確定的に免がれたことになるのであるから,本件土地の譲渡利益に対する法人税等の担税力は原告に具備しているというべきである。

被告は,以上の観点から,本件土地の譲渡利益を原告の本件係争事業年度の所得金額及び課税土地譲渡利益金額の算定根拠に含めて,以下の内容の本件各処分をなしたものであり,右各処分は,いずれも適法である。

(1) 所得金額の更正処分

イ 加算金額の内訳

土地譲渡利益計上漏れ額 5億400万円

本件土地の譲渡価額6億8,000万円から,当該譲渡原価1億7,600万円を控除した,譲渡利益金額5億400万円が計上されていなかったので所得金額に加算したものである。

ロ 減算金額の内訳

a 共同事業に係る損失金負担金の計上漏れ額 1,114万6,327円

原告と熊谷組が共同で建設し分譲した「エバーグリーン淀川」のマンション販売にかかる損失金4,458万5,310円のうち原告の負担すべき金額1,114万6,327円が計上されていなかったので所得金額から減算したものである。

b 未納事業税額 31万2,000円

本件係争事業年度の前事業年度(昭和49年4月1日から昭和50年3月31日までの事業年度)に係る未納事業税額31万2,000円が計上されていなかったので所得金額から減算したものである。

(2) 課税土地譲渡利益金額の更正処分

イ 加算金額の内訳

土地譲渡収益計上漏れ額 6億8,000万円

本件土地の譲渡価額6億8,000万円を収益に計上したものである。

ロ 減算金額の内訳

a 課税土地譲渡原価計上漏れ額 1億7,600万円

右土地に係る譲渡原価1億7,600万円を控除したものである。

b 課税土地譲渡に係る経費の計上漏れ額 6,159万9,998円

右土地の譲渡等のために直接又は間接に要した経費の額として,租税特別措置法施行令38条の4,6項1号及び2号により計算した6,159万9,998円を控除したものである。

(3) 過少申告加算税の賦課決定処分

本件更正処分により,差引き納付すべき法人税額1億2,829万600円が発生し,右法人税額について国税通則法65条1項に基づき,過少申告加算税641万4,500円の賦課決定処分をなしたものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(一)ないし(四)の事実は認める。

2  同2のうち,(一),(二)の事実は認めるが,(三)の主張は争う。

五  原告の反論

1  甲,乙及び丙契約の性格(変則的担保契約)

甲,乙及び丙契約は,いずれも当時進行していた原告と熊谷組との東淀川所在の約1万坪に及ぶ土地(以下「東淀川の土地」という。)の開発事業(以下「淀川共同事業」という。)に付随してなされたものであり,その実質的な契約内容を判断するには,次のとおりの右共同事業の進行とその途上における紛争の経過及び決着を十分検討する必要がある。

(一) 原告は,昭和48年5月1日,別件の土地売買にともなう別府市への土地代金8億円の支払に迫られ,熊谷組に対し,甲,乙及び丙契約の目的土地を担保とする15億円の融資を申入れたところ,熊谷組は,淀川共同事業の実現のため,同月18日,右事業に関する熊谷組に一方的に有利な共同企業体協定書への原告の署名,押印と引換に,原告に対する右15億円の融資を行った。その際,形式上買戻特約付売買を内容とする甲,乙及び丙契約の契約書が作成されたが,右各契約は,実質上純然たる担保契約であり,しかも,通常の担保契約ではなく,以下のような特色を有する変則的担保契約であった。

(1) 甲,乙及び丙契約は,淀川共同事業の共同企業体協定書締結の交換条件として,同日(昭和48年5月18日)付で締結されたものであり,したがって,右協定書にいわば従属するものであること。

(2) 借入金と担保の対象となる土地の担保価値とが全く照合せず,また,原告と鳩タクシーの各所有土地についても,一方は市街化調整区域内の雑種地であり,他方は宅地であるにもかかわらず,その貸付額は双方とも全く同額であること。

(3) 乙契約にみられるように,いまだ未取得の土地についてまで熊谷組は代金を貸付け,総額15億円にしたものであること。

(4) 右15億円は,淀川共同企業体の利益配分の前渡金の性格を持っており,甲,乙契約における厳しい条項にもかかわらず,当初から,右15億円の弁済は,淀川共同事業での利益で清算することが予定されていたこと。

したがって,甲,乙及び丙契約は,純粋の金銭貸借にともなう担保契約ではなく,熊谷組は,その目的とした淀川共同事業を軌道に乗せ,原告は,その利益金のうち15億円を前払いで受けとる(形だけ本件土地を担保に入れる)という利害の一致に基づいて,同日付で締結されたものであって,原告及び熊谷組は,双方とも,甲,乙及び丙契約を右のように理解し,行動してきたのであり,買戻権喪失の定めの形式的適用は全く念頭になかった。それゆえ,熊谷組は,形式的には,原告が乙契約を履行しえなかったにもかかわらず,その間,一度も履行の催告をなさなかったばかりか,履行期限を経過した後においても,本件土地の占有を従前通り原告に委ねたままで,原告に対し,本件土地を確定的に取得した旨の意思表示すらしていない。したがって,形式的には原告に乙契約の債務不履行があったものの,原告の買戻権は消滅したことはなく,本件土地は,従前通り原告が所有していたのである。

(二) その後,昭和50年8月4日ころから,原告と熊谷組との間で,淀川共同事業の清算をめぐる交渉が行われたが,その過程でも,原告の本件土地の買戻権の存続と熊谷組に対する借入金債務の存在とが双方で再確認され,それを前提に交渉が進められた結果,原告は,同年9月30日,熊谷組との間で,甲契約を遡及的に解除する旨の合意をし,その旨を明記した同日付の覚書(以下「本件覚書」という。)が作成され,原告は,熊谷組に借入金5億8,000万円を弁済することによって本件土地の所有権を全面的に回復した。

(三) しかし,その後,本件覚書の効力をめぐって,原告・熊谷組間に紛争が再燃したが,右紛争は,昭和57年12月28日,大阪地方裁判所において,裁判上の和解(以下「本件和解」という。)により,全面的に解決した。右和解条項の第2条には,熊谷組は甲契約における本件土地の買戻権が原告に存することを確認する,原告は,右買戻権に基づき,熊谷組に対し,買戻の意思表示を行った旨規定されている。

以上のとおり,本件土地は,実質的には,原告から熊谷組に対し,6億8,000万円の借入金の担保として提供されたものであり,以後,一度も確定的に熊谷組の所有に帰属したことはなく,最終的には,本件和解により,熊谷組の担保権が消滅し,原告が完全な所有権を回復したことが確認されたのであるから,土地譲渡による収益が具体化,顕在化し,担税力が発生したとは認め難いのであって,以上の経緯を全く無視し契約書の形式的文言のみにとらわれた本件各処分は取消されるべきである。

2  後記の被告の再反論は争う。

六  被告の再反論

1  原告の反論は争う。

2  本件覚書は,その内容が,原告にのみ一方的に有利で,熊谷組にとっては著しく不利なものであり,常識的には熊谷組がこれを受容れるとは到底考えられないものであるが,熊谷組は,原告が,自己が融資を得る必要上金融機関に見せるためだけのものであり,当事者を拘束するものではない旨確約したので,これに調印したものであって,右合意は,原告と熊谷組との間で通謀によりなされた虚偽の意思表示であるから,無効である。

3  課税関係が,一旦,有効に成立した契約に基づき確定した以上,その後になって,右契約当事者間で右課税関係を変更するような新たな合意をしたとしても,課税関係は右新たな合意の影響を受けるものではないと解すべきである。ところで,原告の本件土地の買戻権は,昭和50年5月18日に消滅し,同日,本件土地の所有権は確定的に熊谷組に移転しており,本件和解は,その後の昭和57年12月28日に至って成立したものであるから,右和解は課税関係が確立した後の当事者間の新たな合意であって,その成立によって,本件各処分は何らの影響も受けるものではない。

第三証拠

証拠関係は,本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1,2の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の主張1および2の(一),(二)の事実は当事者間に争いがない。

三  原告は,本件の甲,乙及び丙契約は,実質的には担保契約であり,買戻期間や買戻権喪失に関する条項は当事者間では拘束力を生じない趣旨のものであったにもかかわらず,本件処分は,右条項を形式的に適用した結果,本件土地についての買戻期間経過により,その代金6億8,000万が確定的に原告に帰属した旨誤って認定し,それにより原告の所得金額を過大に認定した旨主張するので,まず,甲・乙及び両契約の性格について検討する。

1  成立に争いのない甲第1ないし第4号証,第29ないし第32号証,第34,第45号証,第66ないし第77号証,原本の存在及び成立に争いのない甲第83ないし第87号証(但し,後記信用しない部分を除く。),乙第4,第5号証,証人高田義正の証言により真正に成立したものと認められる甲第35号証,証人正木継生の証言により真正に成立したものと認められる甲第88号証の1,2,官署作成部分につき成立に争いがなく,その余の部分につき弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第46ないし第58号証,第60ないし第65号証,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第5,第6号証,第9ないし第14号証,第22ないし第28号証,第36ないし第39号証,第41,第43,第44号証,第78ないし第80号証及び証人高田義正(但し,後記信用しない部分を除く。),同正木継生の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(一)  鳩タクシーの代表取締役の松田吉男は,昭和42年10月ころ,学松法人南九州学園の建設工事を請負った東洋綿花株式会社(以下「トーメン」という。)との間で,今後,松田吉男が関係する会社にトーメンが事業協力することを条件に,当時倒産状態にあった同学園の再建に協力することに合意し,同年12月29日,その再建のための必要資金としてトーメンから10億円を借入れ,右債務の担保の一部として,トーメンに対し,鳩タクシー所有の大阪市東淀川区東淡路町1丁目所在の土地約1万坪(東淀川の土地)を期間3年の買戻特約付で譲渡したが,その債務を完済できないまま,3年間の買戻期間が経過してしまった。トーメンは,融資の際のいきさつを考慮して,鳩タクシーに対し,買戻権の存続は認めつつも,早期の決済を要望していた。

(二)  鳩タクシーは,前記東淀川の土地の買戻資金を調達する必要に迫られ,昭和46年11月20日,熊谷組との間で,鳩タクシーが熊谷組から右買戻資金15億円の融資を受け,その担保として提供するため,鳩タクシーが買戻す東淀川区東淡路町1丁目所在の土地を同所44番2及び3の700坪(以下「A土地」という。)と同所44番1の2900坪強(以下「B土地」という。)とに分け,A土地を代金13億円で,さらに鳩タクシー所有の大阪市西区阿波座の土地約230坪を代金2億円で,それぞれ熊谷組に期間3年の買戻特約付で譲渡し,かつ,鳩タクシーがトーメンから買戻すB土地上には,鳩タクシーの行っていた不動産取引部門を独立して営ませるために同年7月に設立された原告が施主となって熊谷組にボウリング場を中心とした総合レジャーセンターの建設工事を請負わせ,昭和47年9月までに着工することとして,右請負契約締結及び着工時期の定めに違反した場合には右両土地の買戻権を失う旨の契約を締結し,右契約に基づいて熊谷組から15億円の融資を得た。そして,A土地については,トーメンから熊谷組に対し,直接,所有権移転登記がなされたが,B土地については,原告とトーメンとの約定により,2年以内に買戻代金を決済したときに,トーメンから原告への所有権移転登記がなされることとされていた。

(三)  原告は,昭和47年1月ころから,熊谷組との間で前記レジャーセンターの建設計画の具体化を進めてきたが,折からのボウリング熱の沈静化,それにともなうボウリング業界の不況のため,熊谷組との協議の結果,同年9月,当初のレジャーセンター建設計画を中止するが,その代りにあらたにA,B両土地上にまたがる4棟の高層マンション建設計画を推進することとした。

(四)  その後の原告・熊谷組間の交渉過程で,熊谷組は,レジャーセンターの建設計画の中止により,原告のA土地等の買戻権が消滅したとの判断を前提に,熊谷組がA土地を,原告がB土地をそれぞれ出資して両者で共同企業体を形成し,右共同企業体が熊谷組に対しマンションの設計,施工を請負わせ,完成したマンションを共同企業体が分譲,販売し,収益を両者が平等に分配するという共同事業の型態によるA・B土地の開発計画を提案したが,これに対し,原告は,レジャーセンター建設計画がマンション建設計画に変更されたにすぎず,いまだ原告のA土地等の買戻権は消滅していないとの認識に立ったうえ,熊谷組が提案する計画案は一方的に熊谷組に有利な内容であると判断してこれに反撥し,原告が施主,熊谷組が施工業者としての立場を堅持したままのマンション建設を進めるべく,熊谷組には内密に,昭和48年1月ころから,別途,西武都市開発株式会社とも右マンション分譲の共同事業推進の交渉を重ね,同年3月8日には,同社とその分譲事業の基本的事項につき合意に達した。

(五)  ところが,原告は,従前大分県別府市から購入していた同市所在の土地の代金約8億円の支払期日が昭和48年5月1日となっていたところから,右代金の決済資金の捻出に苦慮し,同年4月ごろ,熊谷組にその融資を求めたところ,熊谷組は,右融資は,前記マンションの共同事業とは無関係であるとして,一旦は,これを断わったものの,その後,原告の側から,場合によっては,前記マンションの分譲事業を西武都市開発株式会社と提携して推進する旨の申入れがなされ,熊谷組としても,今さら右事業計画を変更するわけにはいかない段階になっていたことから,結局,前記のような熊谷組の共同事業型態による開発計画案を原告が承諾することを前提に,本件土地等を担保として,右融資に応ずることを決め,原告も,熊谷組提案の前記開発計画案の内容には,不満を抱いていたものの,前記土地代金決済資金の融資を受ける必要上,熊谷組の右要求を承諾せざるを得ない立場にあった。

(六)  そこで,原告及び鳩タクシーは,前記別府市の土地代金支払のために振出していた小切手の決済期限の昭和48年5月18日,熊谷組との間で,前記共同事業型態による開発計画の約定が規定された淀川分譲マンション共同事業に関する協定書(甲第35号証,以下右協定を「本件協定」という。)に調印し,また同日,熊谷組との間で,甲・乙及び丙の買戻特約付不動産売買契約あるいは不動産売買予約契約を締結して,熊谷組から融資金15億円を受領した(甲・乙及び丙契約締結の事実は,当事者間に争いがない。)。右甲・乙及び丙契約の内容の詳細及び各対象不動産の状況は,以下のとおりである。

(1) 甲契約は,原告が,熊谷組に対して,原告所有の本件土地を代金6億8,000万円で売渡し,契約時から3年間は,原告が,代金6億8,000万円に金利等一定の金額を加算した価格で買戻すことができ,原告が右期間内に買戻を行わないときは当然に買戻権を喪失するというものである。なお,本件土地は,市街化調整区域内にある雑種地で,大部分が傾斜地である。

(2) 乙契約は,原告が第三者からその所有の乙土地を,買収して熊谷組に代金7,000万円で売渡すことを約し,昭和50年5月17日までに熊谷組に対して乙土地の所有権移転登記を行う,昭和51年5月17日までは,原告が,代金7,000万円に金利等一定の金額を加算した価格で買戻すことができるが,原告が昭和50年5月17日までに熊谷組に対して乙土地の所有権移転登記をしないときは,原告は熊谷組に対し違約金として1億円を支払うとともに,本件土地および丙土地の買戻権を失うというものである。なお,乙土地は,本件土地に隣接し,泉北ニュータウンの外周道路にも接しているので,原告は,本件土地や丙土地の開発に際しては乙土地との一括開発がより有益であると考え,これを買収する計画を進めていた。

(3) 丙契約は,鳩タクシーが熊谷組に対して鳩タクシー所有の丙土地を甲契約と同趣旨の買戻特約付で代金7億5,000万円で売渡すというものである。なお,丙土地は,本件土地に隣接する宅地である。

(七)  本件協定は,熊谷組がA土地を,原告がB土地をそれぞれ出資して両者で「淀川分譲マンション共同企業体」という共同企業体(以下単に「共同企業体」という。)を形成し,熊谷組が,右企業体を代表し,企業体の必要資金をすべて立替える一方,建築工事を請負うこと,損益配分は2分の1ずつとすること,その他建築工事費の物価の変動によるスライド制,清算の順序,販売に関する定め等を内容とするものであるところ,その後,マンション建設工事は順調に進んだが,折からのオイルショックによる建築資材の高騰にともない,熊谷組は,本件協定に基づき,共同企業体に対し,昭和49年2月25日,第1期の工事分として21億円の,同年8月30日には第2,第3期の工事分としてさらに30億円の工事代金の増額を要求したため,建築請負工事代金は,当初の計画の151億8,000万円から202億8,000万円に跳ね上がった。建築工事代金の高騰は共同企業体,したがって,原告の収益の減少をもたらす関係にあることに加え,本件協定では,マンション分譲による収入から支払に充てられる順序として,建築工事代金が,土地売買代金やその他の費用よりも先順位に定められていたこともあって,原告は,熊谷組の右工事代金増額要求やその根拠となっている本件協定内容には強い不満を持っていた。

(八)  その後,マンションの建築完成にともなって,共同企業体は,昭和49年11月には第1期工事分,昭和50年3月には第2期工事分をそれぞれ分譲,販売を開始するに至ったが,その間,熊谷組が,本件協定に基づいて,共同企業体の代表として主体的に行動し,住友信託銀行と販売業務委託契約を締結し,販売価格,時期,方法等についても主導的立場で次々と決定,実行していったため,原告は,熊谷組が,原告をないがしろにし,共同企業体(ひいては原告)の利益をはかることよりも,むしろ,自己の請負人,事業資金の立替者,貸主としての利益を優先しているのではないかと熊谷組に対する不信感を一層募らせるに至った。そのため,原告は,熊谷組に対し,第1期工事分の分譲,販売開始日である昭和49年11月23日までに,B土地につき,共同企業体の代表である熊谷組に対する所有権移転登記手続をなす約束を交わしていたにもかかわらず,これを履行しないでいた。

(九)  他方,熊谷組は,共同企業体の代表者として,住友信託銀行は販売委託業者として,新聞等にも広告を出し,広くマンションの購入者を求めた結果,第1,第2期分につき即日完売したものの,登記簿上敷地の一部であるB土地がトーメンの所有名義のままであったため,マンション購入者に対し,敷地の共有持分権の移転登記手続が行えず,そのため,金融機関からの住宅購入資金の融資に際し必要となる右持分権に対する抵当権設定登記もなしえず,ローン等の融資手続も行えない事態となり,購入者から苦情が相次ぎ,契約申込撤回者まで出現したことから,熊谷組や住友信託銀行にとって,企業信用上からも重大な事態に陥ったため,両社は再三にわたって,原告に対し,B土地につき熊谷組への所有権移転登記手続の履行を求めていた。

(一〇)  これに対し,原告は,トーメンからB土地の権利証(不動産登記済証)を返還してもらうためにはさらに買戻資金が必要であるとして,熊谷組に対し,230億円の融資を申込んだが,熊谷組は,これを断った。原告は,昭和50年8月12日にトーメンからB土地の権利証等所有権移転登記に必要な書類の引渡を受けていたのに,その後,弘容信用組合に対し,5億円の融資を申込んだ際,その資金使途の説明資料としてこれらの書類を預けたため,熊谷組からの再三の登記義務覆行の要請にも応じようとしなかった。そのため,熊谷組は,同年9月3日,住友信託銀行から,同月30日までにB土地の所有権移転登記ができない場合には,販売業務委託契約を解約するので,以後は対外的な一切の責任を熊谷組の方で負担してほしいとの通告を受けるに至った。

(一一)  原告の代表取締役副社長の米田安之亮は,昭和50年9月3日ころ,熊谷組大阪支店営業課長でB土地の登記について交渉に当っていた牧野英隆に対し,B土地の権利証と引換えに,本件協定の内容を,共同企業体を解消して原告を施主,熊谷組を単なる請負業者とするように改めたいとの申入をし,同月23日にはその契約内容を記載した案文を渡したが,牧野は,これを拒否した。原告の代表取締役社長の松田吉男は,同月26日,B土地についての登記書類の引渡を求めて自宅へきていた牧野に対し,共同企業体を解消するほか,甲・乙及び丙契約をも合意解除して契約時に遡って失効させること,原告が熊谷組に対して,請負代金や東淀川,阿波座の土地及び本件土地等の買戻代金などを含め250億円を支払うことによって,原告と鳩タクシー及び熊谷組間の一切の債権債務関係を清算すること,なお,マンションの販売方法も最終的には原告の方針に従うこと等を主たる内容とする覚書の案文を交付し,これに調印することを求め,右覚書の内容が,従来からの原告及び鳩タクシーと熊谷組間の契約関係を根底から覆すもので,マンション分譲の共同事業と直接関係のない甲・乙及び丙契約まで解除するなど熊谷組に極めて不利な内容であるとして,調印拒否の態度をとりつづけていた牧野に対し,右覚書は,単に,原告が融資を申込んでいる弘容信用組合に対して原告の信用力を示すために呈示する必要上作成する書面にすぎないもので,原告から熊谷組にその趣旨である旨の念書を差入れてもよい,と述べてさらにその調印を求めた。そこで牧野は,熊谷組の社内で検討し,松尾利雄弁護士の助言をも得て,原告から右覚書が単に,金融機関に対する呈示用のものにすぎず,他の目的には使用しない旨の念書の交付を受けるのと引換えに覚書調印に応ずる,との態度を決め,同月30日午後7時半ころ,熊谷組としての記名押印済の本件覚書(甲第4号証)を松田の自宅に持参し,松田に対し,約束の念書をもらいたい旨要求したが,松田から念書を作成しておくから原告会社で覚書と引換えにB土地の登記関係書類を受取ってくるようにと言われて,同日午後8時半ころ,原告会社で米田から,本件覚書を渡すのと引換えに,右登記書類の交付を受けた。そのあと,牧野は,再び松田の自宅に赴いて念書を要求したが,結局その作成交付を得られなかった。

(一二)  その間,原告は,昭和50年5月17日までに,熊谷組に対し,乙契約に基づく乙土地の所有権移転登記手続をなす義務を履行できなかった(このことは当事者間に争いがない。)が,熊谷組からは,右債務不履行を理由とする違約金の請求や本件土地,丙土地の引渡を求めるなどの行動はなされなかった。なお,熊谷組では,前記甲・乙及び丙契約締結後,本件土地及び丙土地を,経理上熊谷組の所有する資産として計上していたが,本件土地が市街化調整区域でもあることから,具体的な開発計画を立てないまま放置していたものであり,その間,原告の関連会社である興洋建設株式会社が,本件土地で,土砂の埋め立てなどを行っていたのに対しても,昭和55年ころまでは特に異議を申立てていなかった。

(一三)  ところが,その後,本件マンションの第3期及び第4期分譲の販売価格をめぐり,原告・熊谷組間で紛争が生じ,原告は,本件覚書が有効であるにもかかわらず,熊谷組が原告の意向を無視し,独断で右販売価格を決定し,分譲しようとしているとして,昭和52年,大阪地方裁判所に対し,熊谷組と住友信託銀行を相手方として,そのマンション販売行為の差止を求める不動産仮処分申請をしたが,右仮処分決定において,本件覚書による合意は通謀虚偽表示で無効であると認定されて右申請を却下され,これに対する抗告も棄却された。

(一四)  しかし,原告は,本件覚書が有効であると主張して,昭和55年3月,大阪地方裁判所に対し,熊谷組を被告として,本件土地と丙土地につき,甲及び丙契約に基づいてなされた所有権移転登記の各抹消登記手続を求める訴を提起した。これ以後,逆に,熊谷組から,原告や鳩タクシー等を相手方として本件土地等につき,執行官保管や,熊谷組の占有,使用を許す旨の仮処分申請がなされるなど,原告及び鳩タクシーと熊谷組間の紛争が続いたが,裁判所の勧告もあり,原告及び鳩タクシーと熊谷組は,裁判上及び裁判外で話合を重ねた結果,① 淀川共同事業における共同企業体を解散し,以後は熊谷組の単独事業とすること,② 本件土地(及び丙土地)の所有名義を原告に移転すること,③ 右共同企業体解散に伴う清算並びに諸紛争の解決のため,熊谷組が原告に対し,解決金として10億4,500万円を支払うことを骨子とする条件により原告及び鳩タクシーと熊谷組間の紛争を一切終結させる旨の合意に達し,昭和57年12月28日,その旨の裁判上の和解が成立した。なお右和解条項では,右②の点につき,当事者間で,甲及び丙契約に基づく,本件土地及び丙土地の買戻権が,原告及び鳩タクシーに存することを確認のうえ,鳩タクシーから丙土地の買戻権を承継した原告が,右両土地につき買戻の意思表示を行い,右各契約に基づく買戻費用から,公租公課・金利等を差引いた14億3,000万円を買戻価格として右各土地を買戻すこととし,右14億3,000万円と,乙契約に基づき原告が受領した7,000万円との合計15億円を原告が熊谷組に支払う一方,熊谷組は,原告に対し,解決金13億3,600万円及びB土地の売買代金12億900万円の合計25億4,500万円を支払うものとし,両債権を相殺のうえ,最終的に10億4,500万円を,熊谷組から原告に交付することとされている。右和解条項で,本件土地及び丙土地について買戻権の存続を確認し,その行使により所有権が移転するという形がとられたのは,原告が当時,本件各処分の取消を求めて国税不服審判所に審査請求中であったため,公認会計士,税理士等とも相談のうえ,もっぱら税金対策上の考慮から,右のような形の和解を強く希望し,熊谷組も本件和解の骨子として熊谷組の負担すべきものは本件土地と丙土地及び10億4,500万円であると理解していたので,右内容に変化がなければその負担提供の法形式については,和解成立を第一義的に優先させ,原告の希望を容れて差支えはないとの態度でこれに同意したためである。

以上の事実が認められ,前掲甲第83ないし第87号証の記載及び証人高田義正の証言中,右認定に反する部分はたやすく信用できず,他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右の事実によれば,甲・乙及び丙契約は,原告及び鳩タクシーが熊谷組から借入れる15億円の債務を担保するため,本件土地と乙及び丙土地を熊谷組に提供する目的で締結された契約であることが認められるけれども,担保提供の法形式として,買戻特約付売買契約を選択し,乙契約においてその不履行を甲,丙契約における買戻権の喪失事由と定めてその趣旨を明記した契約書を作成したのであるから,当事者間で,作成された右契約書中買戻権の喪失を定める規定だけを特に拘束力がないものとする旨の合意をしていたとは到底認められない。

原告は,甲・乙及び丙契約は本件協定に従属するもので,15億円は淀川共同事業での利益で清算することが予定されていたので,当事者間では買戻権喪失の定めの形式的適用は念頭になかった旨主張する。

しかし,前記1の認定事実によると,甲・乙及び丙契約は,本件協定と同一日に締結されたものではあるが,原告及び鳩タクシーが甲・乙及び丙契約を締結した目的は,主として別府市への土地代金決済資金調達にあって,右各契約は淀川共同事業の推進と直接的な関連はなかったものと認められ,また,原告が主張するような15億円の清算に関する定めが文書化された事実もないのであるから,原告の右主張を認めることはできない。

3  以上の次第で,原告の本件土地の買戻権は,乙契約の買戻権喪失の定めにより,原告が昭和50年5月17日までに乙土地の所有権を取得し熊谷組に移転することができなかった結果,消滅し,同年5月18日,本件土地の所有権は,熊谷組に確定的に移転したといわざるを得ず,それにともない,原告は,本件土地の売買代金名下に受領した6億8,000万円の返還を確定的に免れることになったというべきである。

4  原告は,昭和50年9月30日,熊谷組との間で作成した本件覚書によって,甲・乙及び丙契約を解除する旨合意したから,本件土地は,一度も確定的に熊谷組の所有に帰属したことはない旨主張する。

しかし,前記1で認定した事実によると,本件覚書は,原告と熊谷組との共同企業体型態によってマンション建設,分譲事業が相当進行し,販売が進められていた段階において,原告及び鳩タクシーと熊谷組との従来の契約関係を根底から覆し,かつ,右共同事業と直接の関連のない甲・乙及び丙契約まで解除してしまうという熊谷組にとっては極めて不利で到底承服し難い内容であったが,原告の代表者松田吉男が,熊谷組の担当者牧野英隆に対して,本件覚書は弘容信用組合に原告の信用力を示すため呈示するだけの目的で作るもので,それ以外の目的には使用しない。その旨の念書も原告から熊谷組に差入れると明言・確約したので,牧野も,右覚書の内容が法的拘束力をもたない対金融機関呈示用の形式的文書にすぎないとの右前提の下にこれに熊谷組の記名押印をなすに至ったものであることが認められるから,本件覚書による甲・乙及び丙契約解除の合意は,原告,熊谷組の通謀による虚偽の意思表示によるものと認めるのが相当である。したがって,右解除の合意は,その効力を生じないものといわなければならない。のみならず,前記認定の事実関係からすれば,右覚書作成後も,熊谷組はその効力を否定して覚書の内容を実行しなかったし,原告も甲・乙及び丙契約に基づき,売買代金名下に融資を受けた金員を,熊谷組に返還しないまま推移し,昭和57年12月,今度は,甲・乙及び丙契約に基づく買戻権が引続き存続することを前提とした本件和解をするに至っているのであり,結局,右合意解除は,本件係争事業年度中はもちろん,その後も何ら原状回復の現実の履行がなされなかったのであるから,本件では,右解除の意思表示も,既に確定した原告と熊谷組との本件土地の譲渡とその対価の取得についての法律関係には何らの影響をも及ぼさなかったというべきであり,いずれにせよ,本件係争事業年度に,原告に,本件土地の譲渡による所得が確定したとの前記認定が,本件覚書による合意によって左右されるものではない。

5  また,原告は,本件和解により,甲契約に基づく本件土地の買戻権が存続していることが確認され,右買戻権を行使した結果,本件土地の所有権は原告に復帰しているのであるから,本件土地の所有権が熊谷組に確定的に移転したことはない旨主張するが,前記1の認定事実によれば,本件和解において原告主張の条項が定められたのは,原告からの税金対策上の考慮による希望を,和解成立による紛争の解決を第一義的に考えていた熊谷組が,本件土地と丙土地の登記名義の移転と10億4,500万円の支払という和解内容の骨子に変更がなければその形式については原告の希望を尊重することとした結果によることが明らかであって,右事実をもって,甲・乙及び丙契約が,原告主張のような変則的担保契約であり,買戻権が,約定の期間経過後も,有効に存続していた証左とみることができないことはいうまでもない。また,本件和解は,昭和57年12月28日に至って成立したものであるから,これにより,既に確定した本件係争事業年度における本件土地の譲渡利益に関する課税関係に何らの影響をも及ぼすものではないというべきである。

四  右三に述べたところからすれば,原告は,本件係争事業年度中に,本件土地についての買戻権喪失により,その譲渡代金6億8,000万円の返還を確定的に免れ,同金額の土地譲渡収益を得たというべきである。

また,前掲甲第79号証,成立に争いのない乙第1,第2号証,証人高田義正の証言に弁論の全趣旨を総合すれば,本件土地の譲渡収益から差引かれるべき本件土地の譲渡原価は1億7,600万円であり,その譲渡経費は6,159万9,998円であること,また原告の本件係争事業年度の益金から差引かれるべき共同事業に係る損失金計上漏れ額は1,114万6,327円であり,未納事業税の計上漏れ額は31万2,000円であること,さらに原告の法人税計算上控除すべき所得税額は1,100万6,005円であり,控除できなかった所得税額及び欠損金の繰戻しによる還付請求金額はいずれも0円であり,既に還付した本税額は1,508万182円であること,なお翌期に繰り越す欠損金額は0円であることが認められ,右認定を左右できる証拠は存しない。

五  よって,被告の本件各処分は適法であって,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 及川憲夫 裁判官 村岡寛)

<以下省略>

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